製材屋から世界の模型屋へ 「田宮模型の仕事」


この本、高校生くらいの時に一回読んだ記憶があるんだけど、なんにも覚えてないや^^;って事で今やっと読破できました。
最近は読書をすることもめっきり無くなってしまいお恥ずかしい限り。

「田宮模型の仕事」というタイトルだが、俊作会長による自伝のような内容になっている。
今のタミヤからは想像できないような苦労話がもりだくさん。
正直あまり読んでいて明るくなるような物語ではなかった。でもそれが経営というものなのだ。

本書を読んでわかることだが、今の田宮模型はほんとんど俊作氏が1人で作り上げたと言っても良い。
田宮模型はもともと、俊作氏の父、田宮義雄氏が田宮商事として設立したものだった。
製材業を営みながら、自社でも木製模型を製造するようになったが、軌道に乗り始めた矢先工場が火事で焼失し大量の借金を抱えてしまう。
なんとか操業再開し木製模型として目処が立ったように思えたが、今度はアメリカからプラモデルがやって来てしまう。

業界がこぞってプラスチック製品に移転して行き、木製模型はどんどん売れなくなってしまい、タミヤも渋々プラモデルの製造を始める事になる。
記念すべき第1作は「戦艦大和」(本書では武蔵だったと記されているが正確には大和らしい)。
しかしこれが同時期に販売されたニチモの武蔵に販売競争で負けてしまい、多額の赤字を出してしまう。
新しく金型を作る資金も無く、しかたなく使わなくなった玩具の金型を利用して作った製品を売ったりして、何とか資金のめどを立てる事に成功。

そして第2作目のプラモデルは「パンサー戦車」に決定する。
アメリカの模型とは違いを出したいと考えた田宮氏は、このキットに新しい要素を盛り込んだ。
まず小型モーターで走る模型にしたと言う事。
そして、箱絵はイラストレーターの小松崎茂先生に依頼して書いてもらう事にしたのだ。
タミヤの社運をかけて販売されたパンサー戦車は売れ行きも好調だったようで、田宮模型が軌道に乗るきっかけとなった。

このパンサーがヒットしてほんとに良かったと思った。
これがなければタミヤ模型は存続していなかったかもしれない。
もっと言えばプラモデルと言う物がこんなに発展する事も無かったのかもしれないと考えるとぞっとする。

タミヤが世界一になれたのは、何か特別な事をしたからではなく、「当たり前の事」を徹底したからなのだと言う事が本書を読めばわかる。。

今でこそ精密再現が当たり前のようになっているが、当時はコンピューターなんて物は無く、設計は手書きでやらなければいけない時代。
世界中の博物館を訪ね歩き、展示されている戦車を取材したり、あげくには実物のポルシェを購入し解体してしまう。
そんな俊作氏の行動力には脱帽するばかりである。

僕がタミヤが偉大だと思う点は、

・自社で金型を作った事
・誰もが楽しめる模型屋を目指した事
・海外展開を積極的に行った事

タミヤも最初は金型を外注してたんだけど、この金型屋が極めて緩慢なやつらでもう我慢できないと思った俊作氏は自社に金型部門の設立を提案する。父親には当然反対されるも何とか説得に成功、自社で金型職人を養成することでノウハウを蓄積して行った。
タミヤと言えば「作りやすい」と誰しもが答えるように、この自社金型もタミヤをタミヤたらしめる大きな一因になったのではないだろうか。

そして誰もが楽しめる製品を目指した事。大人やマニア達だけの物ではなく、子供たちにとっても楽しめる物ではなかったのか?そうした思想がミニ四駆というヒット商品を生み出した。

本書は経営バイブル的な読み方をしても面白い。
模型メーカーが模型を作れるのは当たり前。
それにプラスで、アフターサービス、従業員の質、パッケージ、説明書、工場、金型、生産・・・こうした「凡事徹底」を行ったからこそタミヤ世界一になれたのでしょうね。
これ読んで日本人で良かったぁと思ったw模型ファン必携の一冊です。


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