• カテゴリー別アーカイブ 模型の事
  • タミヤ・スーパーサーフェイサーを買いました。

    タミヤのプライマー入りサフ(スーパーサーフェイサー)を買いました。
    金属部品は透明のメタルプライマーとグレーサフを別々に吹いていたのですが、透明のプライマーはどこまで塗ったかわかりづらく不便に感じていました。
    ネットに検証記事が上がっていますが、タミヤのスーパーサーフェイサーは食い付き力も最強の部類になるそうですね。

    缶スプレーの中身を取り出す
    私はサフはエアブラシで塗る派です。缶のまま吹くとすぐ無くなるので・・・。

    瓶に移し替える時、ストローを使うのが一般的ですが、今回は手元にあった接点復活スプレーと言うのに付いていたロングノズルがぴったり合ったのでこれを使いました。


    ふきこぼれが起こらず、無駄なく移し替える事が出来ます。
    この方法はブルーベルホビーさんの記事を参考にしました。


    NET100mlとありましたが、移し替えると40ml程度しか抽出できませんでした( ̄□ ̄;)
    つまり半分はガスと言う事ですね。


    早速、ディッカーの金属砲身に吹いてみました。
    クレオスとかと比べるとかなりしっとりしたつや消しになりますね。


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  • もう少しひねりが欲しいです・・・


    タミヤから「ドイツ歩兵セット (大戦中期)」の販売が発表されました。
    正直ちょっとがっかりだったかな・・・もう少しひねりが欲しいですね。
    マシンガンや双眼鏡を持ったフィギュア、これらは過去のMMにいくらでもあります。

    例えば同じ歩兵にしても、誰かと談笑してる人とか、腕時計を見てるとか、もしくは5体で特定の状況を再現するフィギュアとかね。


    ↑例えばこう言うのね。
    やっぱ昔の原型師のフィギュアの方がよっぽど味があったよなぁと思ってしまった。
    2つ星って企画力どんどん劣化してないかw
    3Dなら製作コストも安いだろうしもう少しいろんな事が出来そうなんですが・・・ってどんだけ上から目線ww


    それにしてもこのフィギュア、何を想定したんだろう。兵士たちの視線はバラバラ、ポーズも動き欠けいかにも静的な印象です。
    これからの展開に期待と言う事でしょうか。


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  • 田宮模型の仕事をもう一度読む

    田宮模型の仕事
    ヴィネット作りが遅々として進みません。
    こんな時は読書でもするのが一番ですね。
    田宮模型の仕事をもう一度読んでみました。

    今回は田宮会長の人柄に着目して読んでみました。
    田宮会長って、最近めっきり減ってしまった“ザ・経営者”って感じがする人ですね。
    経営センスに、昔ながらの職人魂も持った人。
    会社ってのは今は立派な企業でも昔は個人商店みたいな所って結構多くて、
    それこそ自分一代で自社を築き上げた松下幸之助や本田宗一郎と言った伝説の経営者たち・・・田宮会長も彼らと同じように尊敬されるべき人だと思んですが、いかんせん模型界自体知名度が低すぎますからね・・・

    そんな田宮氏の模型人生は決して順風満帆ではありませんでした。
    元々父がやっていた製材業の跡取りのような形で入社した田宮氏。
    昔の模型は木製だったんですね。
    戦後は自社でも工作用の模型を製造するようになりましたが、その矢先会社が漏電で火災という災難が降りかかる。
    何とか操業は再開したものの大量の借金を抱えることになり、田宮氏自身も借金取りで食いつなぐような生活を強いられることになりました。
    さらに母親は病気で亡くなり・・・、まさに泣きっ面に蜂です。
    でもそれで終わりません。

    ようやく模型メーカーとして軌道に乗ってきたと思われた時、なんとアメリカから「プラモデル」がやって来てしまったのです。
    田宮模型にとっては黒船来航の様な出来事だったでしょう。
    なにしろ今までやってきたことが全否定されることになったわけですからね。
    木製模型の需要は減少の一途をたどり従業員もどんどん去って行ったそうです。
    そんな訳で、しぶしぶプラモデル製作に転向することになりました。

    そこからの道のりも決して楽な物ではありませんでした。
    なにしろプラモデルをどうやって作るのかもわからない。
    あちこち情報を聞きまわり、図面は知人に描いてもらったそうです。
    さらに一番の問題は傲慢な金型屋でした。
    どこに頼んでも断られ、やっとのことで出会った金型屋では、とんでもない金額を吹っ掛けられました。
    それでもやってもらうしかありません。
    そんなで出来たタミヤのプラモデル第一号「戦艦武蔵」でしたが、これが大赤字で終わることになります。
    別の会社(ニチモ)が自分たちよりはるかに安い価格で武蔵を販売してしまったのです。

    資金が底をつき、仕方なく時代遅れの木製模型を再び作ったり、不要になった玩具の金型を再利用したりしてどうにか食いつなぐ日々・・・
    そんな田宮模型でしたが、第2作目は社運をかけた起死回生のキットを出すことになります。
    これが有名なドイツのパンサー戦車でした。

    この先は自分で買って読んでくださいw
    ここまで読んでも現代人からは想像もできない壮絶な人生を歩んでいることが分かります。
    やっぱ人間絶望しないと駄目だねと思いました。
    お先真っ暗と言うほど絶望してはじめて道が開ける。
    はじめて、腹が据わる。
    物資も豊かでは無かった時代、並大抵な苦労ではなかったと察します。

    いままで数々の模型メーカーが誕生しました。
    中には、消えて行った会社もあります。
    田宮模型がいまだ「世界のタミヤ」として評されてるのは、こうした苦悩の経験が活きたからこそでしょう。
    そしてなにより田宮氏自身がずば抜けた模型的センスを持っていたからでしょう。
    まさに伝説の経営者にふさわしい人物だと思います。
    田宮模型の仕事、全ての模型を愛する人へのバイブルです。
    まだの方はぜひ読んでください。


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